『カミハテ商店』山本起也監督インタビュー
2009年、私が専任を務めている京都造形芸術大学映画学科 “北白川派”第3弾の監督をやらないかというお話を、現学科長の高橋伴明監督からいただきました。“北白川派”とは、毎年プロと学生が共同で個性的な劇場公開映画を作るという学科プロジェクトで、前二作は木村威夫監督、高橋伴明監督がそれぞれ作品を発表しています。伴明監督から、学生が授業の中で書いた映画の企画を何本か渡されました。そこで一番気になったのが、日當遥と山口奈都美という2人の学生が書いたオリジナルストーリー『カミハテ商店』でした。
隠れ自殺の名所となった断崖の近くで、寂れた商店を営むひとりの老女。訪れた自殺者は何故か商店に立ち寄り、アンパンと牛乳を買い求めます。しかし老女は自殺者を引き止める訳でもなく、ただ見送ります。しかも、翌朝断崖に行き、自殺者が残した靴を回収して来るのです。
二人の学生が生み出した、千代という名の奇妙な老女に、私は何故か強く魅かれました。また、そこに込められた
〝人間はちょっとした人と人との心のつながりで変わる〟というテーマに共感したのです。
まず、2010年2月に学生参加型のシナリオ合宿をやりました。そこで出た学生のアイディアを取り入れたり、共同脚本の水上竜士さんとも相談しながら脚本を煮詰めていきました。脚本と平行しながら撮影の準備を行い、2011年2月に撮影を開始しました。
自殺についてですが、脚本を作成している段階でさまざまなリサーチを行いました。中でも福井県・東尋坊で自殺防止活動をされている茂幸雄さんのお話は、映画に登場する人物の心理を描く上でとても参考になりました。
いっぽうで、自殺者が何故自殺をするのか、その心理を追及することを作品の核とするのはやめました。むしろ、生きることについての映画を作りたいと考えました。何かをあきらめたり絶望している人間が、その人にとっての神様に出会い、変わってゆく。そんな話を作りたかったのです。
『カミハテ商店』は、この映画をご覧になるひとりひとりの心の中にあるのだと思います。そういう意味では、この映画はファンタジーなのかもしれません。
京都造形芸術大学の徳山理事長が島根県隠岐郡海士町出身というご縁で、2010年春ロケハンに伺いました。隠岐の島前(どうぜん)に断崖が複数ある、ということでしたが、そのスケールや美しさは我々の想像を遥かに超えるものでした。中でも、知夫村の赤壁に出会ったときのことは忘れられません。恐ろしくも美しい場所でなくてはならないと思っていた私にとって、そこはまさに「カミハテ断崖」そのものでした。
主人公千代が生活する『カミハテ商店』は、海士町にある使われていない昔の商店をベースに、スタッフ、学生、地域の皆さんなどが力を合わせセットを製作しました。町長以下海士町の皆さんの協力は、私がこれまで参加したどのロケでも経験したことのない素晴らしいものでした。ロケ場所の提供をはじめ、交通・宿泊・飲食と映画製作の支援を惜しみなくしていただく中、我々スタッフの意識は、協力という範疇を遥かに超え海士町の皆さんと共に映画を作っているのだという方向へ変わっていったのです。
高橋惠子さんは、この映画のプロデューサーでもある高橋伴明監督から、うちのかみさん(高橋惠子さん)でどうかという話をいただきました。千代という老女を演じるにはあまりに惠子さんは若く美しすぎると思いましたが、人生を達観したお婆さんが死者の靴を拾ってくるよりも、生きる事に関して何の決着もついていない、まだ自分の人生について迷っている千代の方が映画が膨らむと思い、お願いしました。企画に出会ってから二年、隠岐のカミハテ商店に立つ惠子さんを前にした時、ようやく私は生身の千代さんに出会うことができたと思いました。
寺島進さんは、私のドキュメンタリー作品の1作目『ジム』、2作目『ツヒノスミカ』と続けてナレーションを担当して下さっています。劇映画を撮る時がきたら出演していただきたいとずっと思っていました。
寺島さんは強面な役の依頼が多いですが、おちゃめと言いますか道化的なところを役柄から引き出すことができる素敵な方と思っていました。良雄という、不器用ながら一生懸命生きていてどこか憎めない人間を、ほぼ寺島さんあて書きというかたちで書きました。
あがた森魚さんも大好きな役者さんです。バスの運転手という役柄も、始めからあがたさんを想定してのものです。
そこに京都造形芸術大学映画学科俳優コースの学生たちが立派に対峙しています。奥田君役の深谷健人、ホステス役の平岡美保、自殺の名所を冷やかしに来る若い女二人組役のぎぃ子、土村芳。彼等、彼女等に本当に助けられ、励まされました。
私にとっては、これ以上ない素晴らしいキャスティングです。
千代はトルストイの短編「Where Love is, There is God.(愛あるところに神はまします)」の中に出てくるお話「靴屋のマルティン」の主人公を参考にしました。靴屋のマルティンが、日常生活の中でむしろ蔑んだり見下したりしている人間こそが自分にとっての神様だったと気づくお話です。千代にとっての神様は、牛乳配達の青年だったり、無口なバスの運転手だったのだと思います。
企画のテーマである〝ちょっとした心のつながりで人は変わる〟ということを自分なりにそのように解釈した、という訳です。
音楽の谷川賢作さんとの出会いは、もう20年以上前になります。映像関係の会社に務めていた頃、最初に携わった仕事の音楽を担当されていたのが谷川さんでした。それから仲良くさせていただいていています。『ジム』『ツヒノスミカ』と、自分が映画を撮る時はいつも音楽を含め作品全体の相談に乗っていただいています。
今回の『カミハテ商店』では自分には劇中音楽のプランが全く浮かばず、台本を読みラッシュを見ていただいた谷川さんのアイディアに頼りっきりでした。音楽によって場面を煽り立てるのではなく、禁欲的、抑制的に行こうとのコンセプトから、音楽をつける場面は最小限にしました。ピアノなどの情緒的な楽器は使わず、ビリンバウというブラジルの民族楽器などかなり乾いた音色の楽器が主体になりました。この音楽によって作品の視点が定まったと思います。そう言う意味では非常に音楽に助けられました。